中国茶

6大茶+1の特徴と製法

6大茶+1

中国茶は発酵度や製法の違いで六種類に分類されています。
最近では7番目のお茶として花茶も定着しました。

製法

中国茶を買いに行ったら種類の多さに圧倒されて結局、興味も失せたという人も多いのでは?
確かに奥深いのですが、基本を知っていると楽しさは倍増! そしてそれはとても簡単です。

基本のキ

茶 樹どんなワインも「ぶどうの木」から作られているようにお茶もツバキ科の茶樹「カメリア・シネンシス」が元です。
その中の種類や、発酵のさせ方や発酵度によって、緑茶・白茶・青茶・紅茶・黄茶・黒茶の
6種類に変化します。
発 酵茶葉が持つ「酸化酵素」が光や酸素に反応して酸化して行くこと。
発酵度○%~○%が白茶、青茶と区切られているわけではなく、領域が重なっていたりします。
特に青茶は発酵をどこで止めるかという範囲が広いので、
半発酵とはいえあっさりした緑茶に近いものから、紅茶に近い芳醇なものまで多様です。

よく耳にする用語と意味

 萎 凋(いちょう)摘み取った茶葉を、日光にあてたり室内で萎れさせる。
 揺 青(ようせい)茶葉を揺り動かし、茶葉に細かい傷をつけ、発酵をゆるやかに促進させる。
 殺 青(さっせい)摘み取った茶葉を釜で炒って熱を加え、酸化酵素の働きを止める。
 揉 捻(じゅうねん)味や香りを引き出したり、発酵を促すために揉む。
 復 揉(ふくじゅう)適度に発酵した茶葉を再度揉む。
 コウ焙(こうばい)竹篭などに入れた茶葉を、低い温度でゆっくりと乾燥させる。
初コウ・・2回コウ焙する時の1回目 
復コウ・・1度コウ焙した茶葉を再度コウ焙する。
 悶 黄(もんおう)茶葉がまだ暖かく湿り気のある内に堆積し、菌の力でゆっくりと発酵させる。
 渥 堆(あくつい)水分を含ませた茶葉を堆積し、菌の力で発酵させる。
 転 色(てんしょく)茶葉の自家発酵を促すこと。紅茶の製造に用いる。
 乾 燥(かんそう)茶葉を乾燥させる。
    注)コウ焙の「コウ」は「火ヘン」に「共」という字です。

製造工程 概略

種 類発 酵 別
緑 茶不 発 酵 茶殺 青揉 捻乾 燥
1:茶葉を炒って発酵しないようにする。
2:揉む。
3:乾燥させる。
白 茶弱 発 酵 茶萎 凋乾 燥
1:茶葉が重ならないように並べ、水分が30%位になるまでしおれさせ、
  茶葉を分別する。
2:乾燥させる。(天日乾燥、風乾、ホン焙の3方法がある)
青 茶半 発 酵 茶萎 凋揺 青殺 青揉 捻ホン焙
発酵度の幅が広いので(15%~70%)工程はお茶によって時間や回数が違うが、大まかに言えば
1:茶葉をしおれさせ発酵を促す。
2:軽く揺すり、細かなかすり傷を茶葉につける。これによってさらに発酵
  を促し香りを引き出す。
3:具合を見ながら発酵を止めるために釜で炒る。
4:茶葉を揉み、形を整えるとともに味・香りを引き出す。
5:竹篭に揉捻した茶葉を入れ、ゆっくり乾燥させる。
紅 茶完全発酵茶萎 凋揉 捻転 色乾 燥
1:天日もしくは室内でしおれさせる。
2:茶葉を揉んで砕き、発酵を促す。
3:発酵の工程で、紅茶独特の色・香りとなる。
4:高温で急速に乾燥させたあと、低い温度でゆっくり乾燥させる。
黄 茶弱後発酵茶殺 青揉 捻初ホン悶 黄復ホン悶 黄乾 燥
1:熱を加え、発酵を止める。
2:茶葉を揉む。
3:1回目の火入乾燥を低温でゆっくりと行う。
4:温かく湿り気の残っている茶葉を積んで発生する麹菌によって軽い発酵
  を促す。
5:再度、火入れ乾燥する。
6:もう一度、茶葉を堆積して発酵を進める。
7:乾燥させて仕上げる。
黒 茶後 発 酵 茶殺 青揉 捻渥 堆復 揉乾 燥
1:茶葉を炒って、酸化酵素の働きを止める。
2:揉む。
3:水分の残る茶葉を積んで、麹菌の力で発酵させる。
4:発酵した茶葉を揉む。
5:乾燥させて仕上げる。
プラス1
花 茶基本的には茶葉に花の香りを吸着させたもので、緑茶にジャスミンの花の香りをつけた茉莉花茶が代表的。また、乾燥させた花をお茶にブレンドして味わったり、花にお湯を注いで飲むタイプもある。菊花やめいぐい花(バラ科のハマナスの花)など。

中国茶の歴史

薬だった茶葉

神話の中までたどれば紀元前2700年頃、つまり今から4000年以上も前に茶葉は煎じ薬として用いられていました。
実際に、お茶がお茶として飲まれていたことを説いている資料は、紀元前59年に記された 「僮約」(どうやく)-奴隷売買に関する契約書とされています。

お茶で宴会

確実にお茶が飲まれ、その後の広がりにつながっていった時代は、三国時代(220~265年)と推察されており「三国志」の中では酒の代わりに、お茶を飲んだという話もあります。 お茶会のルーツとも言えます。

上流階級によって始まった茶文化

嗜好品として生活に深く関わるようになったのは唐の時代(618~907年)で皇帝への献上や課税の対象になるなど、貴族階級が飲んでいました。この頃は、茶葉を丸めた固形茶が主流で、あぶって粉末にし、熱湯に入れてい たようです。茶葉そのものは製法が簡単な緑茶だったとされています。また、甘草や葱、生姜、柑橘類、ハッカ、麝香などを混ぜて飲むことが多かったそうですが「茶祖、茶聖」とたたえられる「陸羽」(730頃~803)が書いたお茶の解説書「茶経」では、塩以外の混ぜ物は味を損なうとして、快く思っていなかったようです。いずれにせよ、上流階級の人々を惹きつけたことで、釜入りの技術も研究されるようになり、現在のお茶の基礎が築かれていった時代といえるでしょう。

現代茶器の基礎

上流階級の人々がお茶を楽しむ時代は宋の時代(960~1279)、元の時代(~1644)と続きますが、この頃には粉末より釜炒りの茶葉が飲まれるようになったり、茶葉のみならず、茶器もお茶を楽しむための重要な要素とい う意識が広がったようです。茶湯の色を楽しむために白磁が普及したり、コバルトを使って景徳鎮の窯で焼く青磁などの技術も生まれています。

庶民にお茶を解放

明の時代の(1368~1664)1391年に皇帝洪部帝が、貢茶における固形茶づくりは大変な労力を必要とすることと贅沢になりすぎたお茶を戒めるために製造を禁止しました。この貢茶制度の変革とともに固形茶を粉にした「粉末茶」も衰退し、散茶が主流となり、庶民の間でもお茶が親しまれるようになりました。龍井茶などの銘茶が知られるようになったのはこの時期で、白い茶碗や染付けの磁器茶壺(急須)も使用されるようになりました。

青茶の登場

17世紀、清の時代になると茶文化の華が咲き、中でも福建省で青茶の烏龍茶が登場し、香りを楽しむ中国茶の飲み方が広がりました。茶道具もほぼ揃い、現在の中国茶の楽しみ方が形成された時期と言えるでしょう。

日本への上陸と普及

もともと日本に茶の木があったという説、中国から来たという説がありますが一般的には後者で、鎌倉時代に臨済宗の開祖栄西禅師が宋からお茶の木を持ち帰り、栽培から製法までを伝えたといわれています。そして「喫茶養生記」を書きお茶の普及に努めています。これにより、上流社会にお茶が浸透しました。以後、室町時代に「千利休」によって日本独自のお茶文化「茶道」が生まれました。ただ、日本のお茶は中国茶とは製法が違う「日本茶」という独自の形で根付きました。(中国茶は炒って作られるものが、日本茶は蒸して作られるものがほとんど)庶民がお茶を飲むようようになったのは江戸時代になってからです。煎茶が発展し始めたのが1730年代後半、玉露が発明されたのが1830年代のようです。

ヨーロッパでは

ヨーロッパにお茶が伝わったのは明代末期にオランダ人が紹介したのがきっかけで、その後、清の時代にイギリスが買い付けるようになりました。ヨーロッパに定着したのは紅茶。今ではイギリスを代表するお茶となっています。

そして現在

「日常茶飯事」という言葉どおり、家庭・職場・レストラン・旅行など、お茶は私達の暮らしの中で、意識することなく飲まれています。最近では日本茶・中国茶とわず、お茶の健康促進効果が解明されつあり、体と心を癒す飲料としても定着しました。さらに、中国茶を使った料理やデザートなども多く見かけるようになり、食材や調味料としても活躍しています。

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